笠やん外伝~烏羽玉~  第34回

【 別  れ  其ノ2 】

「そうかい逝っちまったのかい、あの子。」

「ああ、どうもしてやれなかった。」

森の岩窟で二匹は、向かい合って座っている。

「そんなの仕方ない事さ。生き死にの事は、神や仏がお決めになるものさ。アタシらがどうにかできる事ではないよ。」

「ああ、よく解ってる。」

「何か心残りがあるのかい?言ってみなよ。」

古ノ森は浮かない顔の烏羽玉を見てそう言った。

「あの時、笠やんには俺の姿が見えたんだよ。あれほど何も気付かなかったのに、命が尽きるその時に妖が見える者になったんだ。なのにそのまま戻ることは出来なかった。妖が見えたって、妖に成れるとは限らないんだな。」

自分がそうであった事と、今回の出来事との違いに気づかされたのである。

「それはね、多分だけど笠やんは妖が見える者にはやっぱり、なれなかったんだと思うよ。アンタの強い思いが、送り込んだ妖力が最後に烏羽玉の姿を見せたんじゃないかい?笠やんに妖の力が備わったのなら恐らく結果は違ったのかもしれないね。」

「・・・・そうだな。」

「でもね、笠やんは嬉しかったんだと思う。アンタの姿が見れて、アンタと話せて。最後に願いが叶ったんだよ、そう思ってやりな。」

「フッ、オマエにはいつも慰められてるな。」

烏羽玉は少し笑ってそう言った。

「まあね、坊やのお守は長いからね。」

「さて、もう一人の坊やを慰めに行こうかね。」

そう言って立ち上がると外に向かって歩き出した。

その後、明が十三歳を迎えたこの年、もう一つの別れがやってきた。

学校から帰ると、真っ直ぐに庵に向かって行く明。数日前から曾祖父・慈影が臥せっていたのだ。

「ひいじいちゃん、ただいま。具合はどう?」

「明か。無事に帰ったようだな。」

いつものようにかかる声が細くなっている。

「僕なんかより、ひいじいちゃんが大丈夫?」

身体も大きくなり、しっかりしてきた曾孫を見て

「もう、大丈夫のようじゃな。明、今日はお前に言い残すことがある。よく聞いておくんじゃぞ。」

布団から体を起こすと

「儂はもうすぐこの世を去る。この寺に来てからからずっと、お前のような“妖が見える者”が現れるのを待つことが我が役目であった。そしてその者に、妖の事を伝え、またそれを次の世に伝えさせる事が出来る様になるまでこの世に留まり続ける事が使命なのじゃ。」

「明、お前はもう妖が何たるかを理解できておる。儂の使命も果たせたのじゃ。よいか、これから先は、お前の使命を果たすべく、精進するのじゃぞ。」

その顔は後継者を見る眼差しではなく、可愛い曾孫を見つめるものであった。

「ひいじいちゃん、まだ何処にもいかないでよ。笠やんもいなくなって、ひいじいちゃんまでいなくなっちゃたら、どうしていいかわかんないよ。もっともっと、妖の事や色んな事を教えてほしいんだ。」

半べそをかき、慈影にしがみつく明を離し、

「何を言うとるか。もうお前は大丈夫じゃ。それにな、儂が居なくなっても、あ奴らがおる。烏羽玉と古ノ森がおれば、何の心配もない。必ず、お前の力に、支えになってくれる。じゃからお前はその分、妖達の事を後の世に伝えられるようになるんじゃぞ。ふうーっ、話しをしたら少し、疲れてきたわい。どれ、横になるかのう。」

すぐに、寝息を立て始めた曾祖父の傍に、暗くなるまで座り続ける明だった。

深夜、目覚めた慈影の傍らには二匹がジッと座っていた。

「来てくれたのか・・。いよいよらしい。もう時がない。烏羽玉、古ノ森、あの子を・・明を頼んだぞ。儂の人生はお主らと共にあった。世話になったのう。」

か細いが、しっかりとした口調で慈影は話す。

「明の事は心配するな、俺たちが必ず守る。」

「永い間ご苦労だったね。アタシらが世話になった方が多かったよ。ありがとね。」

二匹は力強く答えると、去りゆく盟友の目を見つめた。

「では、さらばじゃ・・・・」

老僧は静かに目を閉じると永遠の眠りについた。

享年百一歳、大往生であった。

主の居なくなった庵に、声がする。

「僕はこれから何をどうしたらいいんだよ。」

曾祖父の弔いも終わり、少しだけ日常が戻ってきていたが、やはり明には苦い経験であったのだろう。

「慈影がいってたろ、お前の役目を果たせって。」

窓から外を眺める少年と、一匹の黒猫はそれぞれに想いを残していた。

「でもまあ、まだお前は子供だ。今は難しく考えるな。もう少し大人になってからでいい。とりあえずは一人でここで寝られるようになる事だな。」

烏羽玉はそう言って微笑んだ。