笠やん外伝~烏羽玉~  第33回

 【 別  れ  其ノ1 】 

寒い真冬の明け方、烏羽玉は嫌な声で目を覚ました。

「なんだよ、やけにカラスが騒がしいな。」

その騒ぎの元へ行ってみると、珍しくカラスが群れている。

「なんだ?何か餌になる物でおちているのか?」

そう言いながらよく近づいてみると、誰かが倒れている

「笠やん‼」

駆け寄った烏羽玉はその姿を見て叫んだ。

既に息が細い。ぐったりとしたままの笠やんに必死で声をかける。が、反応は鈍い。

「笠やん、一体何があった!オイッ、起きろ!」

体を揺すり、必死に呼びかけるがピクリとも動かない。

「クソッ、どうすれば。」

何とか蘇生を試みるが、烏羽玉にはどうする事も出来ない。

「そうだ!」

烏羽玉は笠やんに両手を乗せると、

「ハアーッ」

と、自分の妖気を送り込んだ。

「頼む、効いてくれ!」

トクン!と心臓が鳴った。

「笠やん!」

すると、うっすらと目を開けて

「・・・・あぁ・・う・ばた・ま・・さん?」

と、かすかに声を出す。

「そうだ!俺だ、烏羽玉だ」

「あぁ・・や、やっと・・あえました・・ね・・うば・・たまさ・・んは、・・く・・

くろ・・ね・・こなん‥です‥ね‥」

「そうだ!見えるのか、笠やん!俺の姿が見えるんだな!」

烏羽玉の妖力がそうさせたのか今、笠やんの目にはその姿が見えている。

「よか・・た、こ、これ・・・でよう・・・か・い・・に・・ナ・・れ・・」

「もう、しゃべるな!このままゆっくりと息をしろ!」

今にも途切れそうな呼吸の中、笠やんはやっと烏羽玉の姿が見られたと、まだ話そうとする。

「すみ・・ません・・・ぼ・・く・・あそ・こ・・に・・はい・・て・・し・・って」

烏羽玉に何かを伝えようと必死に話そうとしている。

しかし、もう今にも息は止まりそうである。

「いいから、話すな!」

烏羽玉はその手から妖気を送り続ける。だが、その反応はもう無いに等しい。

「しっかりしろ、笠やん!」

「うばた・・ま・・さ・・あ・・り・・・」

「笠やん!オイッ!」

その呼びかけにもう、答える事は無く、ぐったりと体から力が抜け、動かなくなってしまった。

「なんだよ、俺の事が見えたんじゃないのか!妖に成れたんじゃなかったのかよ!」

さらに妖気を送り続けるが、再び鼓動が動き出すことは無かった。冷たくなり始めたその体から手を離すと烏羽玉は、明け始めた空に向かってありったけの悲痛を解き放った。

「明、明、起きろ、明!」

小窓を叩きながら烏羽玉は呼びかける。

早朝の部屋には明だけである。二人目の妹ができた明は、父親と寝起きを共にしている。朝が早い父親は、既に庫裡で朝のお勤めの準備をしているはずだ。

「だれ?う~ん、」

長兄とはいえ、まだ小さい子供である。すぐには起き上がらない。

「明、早くしろ!大事な問題なんだ、庵で待ってるからすぐに来るんだぞ!いいな。」

烏羽玉は明が立ち上がったのを見届けると、慈影の庵に向かって走っていった。すると、老僧がこちらにやってくるのが見えた。

「慈影!」

「お主の異様な妖気を感じてな。何があった?」

「・・・来てくれ」

拝観受付を少し進んだ所、石段の手前に笠やんは静かに横たわっている。

「駆け付けたんだが、どうにも出来なかった。」

事の経緯を話すと

「・・・そうであったか、」

ゆっくりとしゃがんだ慈影は、両手で笠やんを抱き上げ、

「寺によく貢献してくれたのう。ゆっくりと休むがよい」

言葉をかけると、そのまま庵に歩を進めた。戻ってしばらくのち

「ねぇ、烏羽玉。どうしたのさ?」

やっと着替えた明がやって来た。

「明、こっちに来い」

部屋には真綿に横たわるその姿があった。促されるまま部屋に入り、何気なく笠やんを見ていた明であったが、幼いながらも違和感を感じたらしく

「!、え、かさ・・やん?」

立ち尽くしたまま、笠やんを見つめている。一体何がおこっているのか理解が追いついていないらしく

「笠やん、どうしたの?ねぇ、ひいじいちゃん笠やんはどうしたの!」

しきりに曾祖父に問いかける。その小さな体は小刻みに震えて、崩れるように座り込むと、笠やんに近づき覗き込んでいる。そして、動かない友にしきりに問いかける。

「ねぇ、笠やん?どうしたの?ねぇ・・・」

つぶらな瞳からは、大粒の涙がポロポロとこぼれだした。

「笠やん、笠やん、かさやーん!」

そう泣きながら叫んで、必死に揺すって起こそうとしている。

「明、笠やんは死んでしまったんだ。もう、起きないんだよ。」

「なんでだよ、笠やん、起きてよ!」

冷たくなったその体をゆすり続ける明は

「烏羽玉、なんとかしてよ!妖の力で笠やんを生き返らせてよ!お願いだから!」

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、そう烏羽玉に懇願している。

「はやくっ!はやく笠やんを生き返らせて!」

烏羽玉に縋り付き必死になって訴えている。

「明、すまない。俺にはどうする事も出来ないんだ。」

その姿を直視できずに目を伏せながら応える烏羽玉。

「なんでだよ!妖だったらできるだろう!」

烏羽玉を睨みつけるように泣きじゃくり、取り乱す曾孫に

「いい加減せぬか明。お前と同じ様に烏羽玉も辛いのじゃ。出来る事ならそうしたいのは烏羽玉が一番、思っておる。よいか、生あるものはいつか必ず死を迎える。儂はお前にそう教えてきたつもりじゃ。年端もいかぬお前には、まだまだ理解はできんじゃろう。

よく見るがよい、笠やんはもう息絶えてしまったのじゃ。悲しむのは良い。それだけ大事な存在だったという事じゃ。大事なものならば大切に見送ってやる事もまた、残された者の務めなのじゃ。」

如何に寺を継ぐもの、妖が見える者だとしても、まだわずか六歳の明には悲しみと涙以外何も出て来ないのは、無理もない事である。そんな明を見つめている烏羽玉も目の前の出来事に無力さを感じている。

「さあ、明。一緒に笠やんを綺麗に拭いてやろうな。そして笠やんが天国にいけるように弥勒様にお願いしよう。」

烏羽玉は泣きじゃくる明の頭を撫でて、その小さな後継者を強く抱きしめた。

平成六年二月二日、案内猫笠やんはこの世を去った。

その日は奇しくも猫の日といわれる日であった。