【 夢の浮橋 其ノ2 】
「なあ、いい加減に教えろよ」
「だから何度も言わせるんじゃないよ、全く」
村はずれの森で二匹は何やら言い合っている。
「いいかい、妖力は教えてどうにかなるもんじゃないんだよ。妖でない者が手に入れる事なんてできやしないのさ。アタシのように生まれつきの妖か、後は齢を経て妖になるかのどっちかなんだよ。」
そう言い聞かせているのは白狐の妖・古ノ森である。
「だけど俺は妖力に反応する事ができるんだ。だったら使えるようになるんじゃないのか!」
烏羽玉は妖力を使えるようにしてもらおうと、笠置山の一件以来、なんどもこの森に来ては古ノ森に談判しているのである。
「前にも言ったけど、坊やが妖力に反応する理由がわからないんだよ。わからない以上どうすることもできやしないんだよ!」
段々と二人の語気が上がって言い争いの様になってきている。そのうち
「なんだよ、妖狐って言ったって何もできやしないんじゃないか!せいぜい人を脅かすぐらいかよ!」
烏羽玉がそう毒づくと
「なんだってー!子猫が偉そうに言うんじゃないよ。危ない所を助けてやったのは誰だと思ってるんだい、この恩知らずのガキが!」
もはや言葉尻も悪態でしかない。
「こうしてやるよ!」
古ノ森が一睨みすると
「ツッ!」
妖気に当てられた烏羽玉はまたしても金縛り状態になる。
「ハハハ、坊やを黙らせるのは訳ないね。これでもアタシを馬鹿にするのかい?妖をなめるんじゃないよ。」
古ノ森はそう言うとケラケラと笑っている。
(クソッ、また妖力を使いやがって!今に見てろ、必ず俺も使えるようになってやる!)
動けずに固まったままの烏羽玉は古ノ森をにらみ返すことしかできないのであった。
その時、
「うばたま~、うばたま~。」
森をぬける道筋から人の声がきこえてきた。
「どこにいるんだ、烏羽玉~」
叫んでいるのは左内である。実は烏羽玉がよくこの辺りに向かって歩いていくのを見かけていたのだ。
「早く出てこい!姫様が・・・姫様が探しておられるんだ!」
切羽詰まったその声に
「何があったんだい?何やらあわてたようすだね。」
古ノ森は烏羽玉に向き合うとスッと目を細め
「もう動けるだろう、坊やを探しに来たようだねぇ。何か知らないが早く戻った方がよさそうだよ。」
金縛りの解けた烏羽玉が飛びかかろうとするのをひらりと躱し、
「遊んでる場合じゃあなさそうだよ、早く行きな。」
そう言われた烏羽玉も左内が気になるらしく
「あきらめないからな、俺は。それに坊やじゃなくて烏羽玉だ。」
言うや直ぐに左内の元に駆け出して行った。
「・・・試練だねぇ、これも」
古ノ森はそう呟いた。
「烏羽玉が見つかりました!」
左内はそう言いながら恋志姫の寝所に静かに参じた。
「おお・・烏羽玉や・・・こちらに」
か細い声で恋志姫は愛猫を呼び、近づいた烏羽玉に手を伸ばすとそっとその体を撫でた。その手は細く瘦せており、透き通るような白さだ。
「烏羽玉や、わらわは夢をみておった・・・その夢は帝と共に真っ白な世界に立って・・・手をつなぎながら微笑みあっておった・・・じゃが何も無い空間にたった一つ・・不思議な形の岩があってその岩に二人で腰かけたのじゃ・・・」
その手はずっと烏羽玉を撫でている。
「帝はお優しくわらわの手をずっと握ってくださった・・・幸せな夢であった・・・あの不思議な岩は笠置のお山に来た際に見せてくだされた・・・帝が大事に持っておられた『夢の浮橋』に違いない・・・」
『夢の浮橋』とは後醍醐天皇が終生肌身離さず持っていた盆石の事である。その名は源氏物語の最終巻『夢浮橋』になぞられた中国の霊石と伝わるもので、後世に徳川家康が所有し、尾張徳川家に伝わり現在は徳川美術館でその姿を見ることができる。
「その石がわらわに・・・帝のお姿をみせてくれたのじゃ・・・帝はご無事でおられるということじゃ・・・ならば必ずや帝にお会いできる・・・そう言うことじゃ・・・」
恋志姫は、弱々しく途切れ途切れながらもハッキリとそう話すと烏羽玉をジッと見つめ
「その日までわらわの・・・傍にいておくれ・・・のう烏羽玉や・・・」
そう言うとひとすじ、涙をながされた。
その夜、恋志姫は静かに息を引き取った。愛しい後醍醐帝にもう一度会いたいと願いながらその望みは叶えられることはなかった。
お付の女官達は嘆き悲しみ、木村達供侍も肩を落とした。そして村人達も共に恋志姫の亡骸に手を合わせ弔ったのである。
世の中は 夢の渡りの浮橋か
うち渡りつつ ものをこそ想へ
~出典未詳~