笠やん外伝~烏羽玉~  第10回

【 夢の浮橋 其ノ1 】

 左内が村に戻った時には日は暮れており、明かりのついた離れの一室では木村がその帰りを待っていた。

「失礼いたしまする」

「おお、無事戻ったか。」

そう声をかけ戸を開いた左内に木村が声をかける

「はっ、遅くなりました。」

左内は言うと部屋には入ろうとせずその場でしゃがみ込む。

起きてはいるが、今だその肩に乗ったままの烏羽玉を見た木村は

「何故その方の肩に乗っておるのじゃ?」

「仔細は後ほどお話しますが、先ずは姫様にお渡しを」

そう言って奥の部屋に居る恋志姫の侍女を呼んで烏羽玉を手渡した。

「改めてご報告いたしまする。」

居住まいを正した左内は木村に笠置山の状況を話し始めた。焼け落ちた寺の状況や帝の現在の状態など一通り説明を受けた木村は

「なるほどのう、それでは帝は既に京におられるのであるな。幕府方に拘束はされておられるであろうが直ぐにお命に関わることはないであろう。しかしながら予断はゆるさぬのう。」

状況からして京の都は幕府の力で抑えられているのは明らかであった。後醍醐天皇は恐らく宮中のどこかに幽閉されていると考えるのが妥当であろう。

「我らが今、都に戻っても直ぐに捕まるのはあきらか。かと言ってここに居っても何も出来ずではある。どういたしたもか。」

腕を組みうーん、と唸りながら木村は悩んでいる。

「あれから姫様のご様子は?」

恋志姫が倒れて直ぐに笠置に向かった左内は経過が気になっていた。

「うむ、少しは落ち着かれた様子ではあるが、まだ眠られたままじゃ。伊賀より僧医を連れて来て診てもらっておるがあまり芳しくないようじゃ。」

「左様でございますか。姫様だけでも京の都にお戻しして帝のお近くにお連れできれば良いのですが。」

「左様したいのはやまやまなれど、今のままでは動かせる状態ではあるまい。」

「われらは今後どういたしまするか?」

「姫様のご様子次第じゃ。暫くはここを動けまい。ご苦労であった今日はゆっくりと休むがよい。」

不安げな左内の問いに対しそう答え、労いの言葉をかける。

「ははっ、それではお言葉に甘えて休ませていただきまする。」

左内は一礼をして部屋を出ていった。

「さて、如何したものか。」

この日木村は、中々寝付けぬ夜を過ごした。

その後、数日は何事もなく過ぎていたのだが、ここにきて恋志姫の容体が急変し、予断を許さない状況にあった。

「言いにくいことですが、あまり芳しくありません。もしもの時のご備えが必要かと思われます。」

控えの部屋で木村と向かい合った僧医はそう言って立ち上がると部屋を後にした。

「姫様・・・」

しばらくの間黙って考え込んでいた木村は

「左内、左内はおらぬか」

と供侍を探して庭に出た。少しして

「お呼びでしょうか?」

と垣根脇から現れた左内に

「お主に命じておった京の都への探索は取りやめじゃ。恋志姫の容体が思わしくない。今は姫のご容体が一番肝心じゃ。よいか、他の者たちにはまだ言うではないぞ。」

「かしこまりました。しかし、姫様はさほどによろしくないのですか?」

「僧医の見立てでは覚悟をしておかねばならぬようじゃ」

そういったまま二人はしばらくの間黙したままであった。更に翌日、恋志姫の周りが慌ただしくなっていく。

「烏羽玉を見かけませなんだでしょうか?」

侍女たちがあわてた様子で烏羽玉を探している。

「何ごとじゃ」

木村は侍女を呼び止め

「姫に何かあったのか」

そう問うた。

「姫様が意識を戻されてしきりに烏羽玉を呼んでおられます」

「何!気が付かれたのか?ならば皆に手分けして探すようつたえよ。わしは姫のご寝所に。」

そう言うと小走りで向かう途中で庭を抜けていく左内を見つけると

「左内っ、烏羽玉を探してまいれ。姫様が呼んでおられるのじゃ。その方、何故か烏羽玉になつかれておるであろう。一刻を争うやもしれぬ、頼んだぞ。」

言い残すとそのまま姫の元へと再び走っていった。

「姫様、お気が付かれたのか。ならば急がねばならぬ。烏羽玉が居そうな所といえば・・・」

しばらく思案したのち

「あ、あそこか!」

思い当たる節があるのか左内は村はずれに向かって走り出した。屋敷は烏羽玉を探す呼び声で喧噪としていた。